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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)5459号 判決 1982年2月25日

原告

松井正浩こと金正浩

ほか二名

被告

吉田正一こと洪淳昌

主文

一  被告は、原告金正浩に対し、三七〇万八七六三円及びこれに対する昭和五二年六月二四日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告金正浩のその余の請求並びに同金鐘煥、同朴明子の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告金正浩と被告との間に生じたものは、これを一〇分し、その九を同原告の、その余を被告の負担とし、原告金鐘煥、同朴明子と被告との間に生じたものは、同原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら代理人は、「(一)被告は、原告金正浩に対し、三一二八万七二一〇円、同金鐘煥、同朴明子それぞれに対し、一五〇万円及び右各金員に対する昭和五二年六月二四日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二  被告代理人は、「(一)原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二当事者の主張

一  原告ら代理人は、請求原因として、次のとおり述べた。

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五二年六月二四日午後五時五五分頃

(二) 場所 東大阪市玉串元町一丁目一番一一号先T字型交差点内(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車 普通貨物自動車(大阪四五せ七一―五二号)

右運転者 野村利夫こと金利栄(以下「利栄」という。)

(四) 被害者 原告正浩

(五) 態様 被害者は、右交差点を南から北に向つて歩行中、同交差点を南から西に左折してきた加害車の左前部に接触されて転倒し、同車の左前輪で、右半身を腹部から頭部にかけて轢過された。

2  責任原因

被告は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

3  原告正浩の損害

(一) 受傷、治療経過等

(1) 受傷

原告正浩は、本件事故により、開放性頭蓋骨々折、頭皮剥離の傷害を受けた。

(2) 治療経過

<1> 入院

昭和五二年六月二四日から同年七月二日まで大阪大学医学部付属病院(以下「阪大病院」という。)

同日から同月一一日まで東大阪市立中央病院(以下「中央病院」という。)

<2> 通院

昭和五二年七月一三日から現在まで阪大病院

(3) 後遺症

原告正浩には、後遺症状として、<1>脳波異常、てんかん発作、知能発達不良、情緒不安定、<2>交叉咬合症、<3>右頭頂部より右前額部にかけて約三〇センチメートルの裂傷痕、右前額部知覚鈍麻の各症状が残存し、これらは、昭和五五年一月二三日固定した。

ところで、自賠責保険の関係では、右<1>につき後遺障害別等級表一二級一二号に該当するとの認定を受けたが、不当であり、右<1>は少くとも同表九級に、右<2>は同表一〇級二号に、右<3>は同表一二級三号にそれぞれ該当する。

(二) 治療関係費

(1) 入院雑費 五万円

(2) 通院雑費 一五万円

昭和五二年七月一三日から症状の固定した昭和五五年一月二三日までの通院分(実日数五三日)

(3) 将来の治療費、交通費、 二六〇万四〇〇〇円

原告正浩は、症状固定後も、少くとも五〇年間にわたつて月二回の割合で通院治療を受け、年二回の割合で脳波検査を受ける必要があるところ、年間を通じると、治療費二万二三六〇円(一回八六〇円として二六回分)、検査費用一万三六〇〇円(一回六八〇〇円として二回分)、交通費一万六一二〇円(一回六二〇円として二六回分)の合計五万二〇八〇円を要するから、合計二六〇万四〇〇〇円を必要とする。

(三) 後遺障害による逸失利益

原告正浩は、前記後遺障害のため、その労働能力を六七パーセント喪失したものであるところ、同原告が事故に遭わなければ一年間に少くとも一三三万八〇〇〇円の収入を得、その就労可能年数は一八歳から四九年間と考えられるから、同原告の後遺障害による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して、症状固定日の現価を算定すると、一六四八万三二一〇円となる。

(四) 慰藉料

(1) 傷害分 三〇〇万円

(2) 後遺障害分 六〇〇万円

なお、前記(三)では将来の昇格分を考慮していないので、この点も加味したうえ、算定すべきである。

(五) 弁護士費用 三〇〇万円

4  原告鐘煥、同明子の損害

慰藉料 各一五〇万円

5  本訴請求

よつて、第一の一記載のとおりの判決(遅延損害金は本件事故発生の日から民法所定の年五分の割合による。)を求める。

二  被告代理人は、答弁並びに主張として、次のとおり述べた。

(答弁)

1 請求原因1のうち、(一)ないし(四)記載の事実は認めるが、(五)記載の事実は争う。

2 同2記載の点は認める。

3 同3について

(一)については、(2)の<1>記載の事実は認めるが、その余は知らない。

(二)ないし(五)記載の点は争う。

4 同4記載の点は争う。

(主張)

1 原告正浩の後遺障害について

てんかん症状については、医学的に確認されているわけではなく、仮に存したとしても、もはや発作はなく治癒と認められる。

裂傷痕についても、頭髪等に隠れる部分があり、等級表では非該当とすべきである。

交叉咬合症については、本件事故により下顎部を受傷していない以上、事故との因果関係は認められないし、仮に右症状を等級表に即して考えてみても、同表一〇級二号は、原告正浩の場合のような単なる不整合を意味するものではなく、機能障害のあることが必要であるから、非該当となる。

2 過失相殺について

(1) 原告正浩の過失

同原告には、本件事故発生につき、次のような過失があるから、損害額の算定にあたつては、斟酌されるべきである。

すなわち、

同原告は、加害車が左折の方向指示器を出し、エンジンを入れたまま車輪を歩道上に乗りあげるようにして左折態勢をとつたまま停止していたことを現認しながら、逆方向を見つつ歩行したため、加害者の左折するのに気付かなかつた過失がある。

(2) 監督者の過失

本件事故は、監督者が事埋弁識能力のない幼児である原告正浩を一人で戸外に放置したことによつて発生したものであるから、この点の過失を損害額の算定にあたつて、当然考慮に入れるべきである。

3 損害の填補

(一) 原告正浩は、被告から、損害金の一部として、七六万四四九〇円の支払を受けた。

(二) また、原告正浩は、損害の填補として、日新火災海上保険株式会社から、六九万二三四七円の支払を受けた。

(三) なお、原告正浩は、右会社から、本訴請求外の治療費として、一万五二七〇円の支払を受けた。

三  原告ら代理人は、被告の主張に対する答弁として、次のとおり述べた。

(答弁)

1 主張1記載の点は争う

2 同2記載の点は争う。

3 同3のうち、(一)記載の事実は認めるが、(二)及び(三)記載の事実は知らない。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因1の(一)ないし(四)記載の事実は、当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一三号証、乙第三ないし第七号証、同第九ないし第一一号証、証人金利栄の証言に弁論の全趣旨を併せ考えると、次の事実が認められる(ただし、乙第七号証中後記信用しない部分を除く。)。

1  本件交差点は、南北に通じる幅員約九・四メートルのアスフアルト舗装道路(以下「南北道路」という。)と、これにほぼ直角に交わり西方向にのびる幅員約四メートルの未舗装道路(以下「東西道路」という。)とのT字型交差点であること、南北道路は、幅員約八メートルの車道(中央線によつて、幅員各約四メートルの南北各行車線に区分されている。)とその西側に設けられた幅員約一・四メートルの歩道とから成つていること(歩道は車道よりも一段と高くなつていて、この状況は、右交差点内でも変らない。)、一方、東西道路は、歩車道の区別はなく、その両側に民家の建ち並ぶいわゆる生活道路で、交差点の両角が角切りされているため(特に南西角の角切りは大きい。)、南北道路の歩道と接する交差点入口では、その幅員はかなり広くなつていること、ところで、事故当時、交差点南西角の北野昭夫方家屋の前には、同人所有の普通乗用自動車(以下「甲車」という。)が車首を北西にし、ほぼ角切り線に沿うような形で駐車していたこと、なお、事故当時小雨模様の天候であつたこと。

2  利栄は、本件交差点の西方約五〇メートルの自宅に帰るため、加害車を運転し、南北道路北行車線を北進して本件交差点に差しかかり、同交差点を左折すべく、左折指示器を出し、減速しながら左折し始めたところ、前記駐車中の甲車の北西側に普通乗用自動車(以下「乙車」という。)が停止していたことから、東西道路の幅員、甲・乙両車の位置から当面左折は不可能なものと考え、いつたん甲車の東側にあたる南北道路の歩道上に左前輪が乗り上げるような形で、加害車を停止させたこと、しばらくして、乙車は、発進し、本件交差点を左折し、南北道路北行車線上に停止したこと、そこで、利栄は、再び加害車を発進させ、甲車と間隔をとるように大回りに左折をはじめたが、その際、交差点西北角の北野益雄方家屋に接触しないよう、右前方のみに注意を奪われ、南北道路歩道上の歩行者の有無及び動静を全く確認することもないまま、時速約五キロメートルで左折を続け、加害車の車体の半分程度を右歩道から東西道路に進行させたとき、北野益雄の妻佐知子の悲鳴を聞き、突如、直ちに急制動に及んだが、この間原告正浩には全然気付いていなかつたこと。

3  原告正浩は、昭和四八年五月二〇日生の男児で、仕事に出かける父原告鐘煥を見送るため、一人でかさをさし、南北道路歩道上を北進し、本件交差点に差しかかつた際、丁度乙車が同交差点を西から北に左折してゆくのを認め、同車が原告鐘煥の運転する車だと思い、同車を追うように、そのまま右歩道上を北に進み交差点中央付近に至つたとき、加害車が右横に接近してくるのに気付き、必死に東西道路方に逃げようとしたが、右道路に一メートル足らず入つた地点において、さしていたかさに、加害車の左前角を当てられたため、そのはずみで、転倒し、その際、頭部を同車左前輪で打つたこと。

以上の事実が認められ、<1>前記乙第七号証中には、原告正浩が、加害車と接触するまで、顔を左後方に向け、加害車に気付かないまま、未舗装の東西道路に南から北に向け歩いていた旨の、また、<2>乙第八号証の記載、原告朴明子本人尋問の結果中には、原告正浩が、南北道路歩道上に立ちどまつていたところ、加害車に接触された旨の、右認定とは異る供述記載ないし供述が存するけれども、<1>については、前記各証拠、就中乙第一〇号証と比照してにわかに信用できないし、<2>についても、単なる伝聞にすぎないうえ、前顕各証拠と比照して到底信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  責任原因

請求原因2記載の点は、当事者間に争いがない。従つて、被告は、自賠法三条により本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

三  原告正浩の損害

1  受傷、治療経過等

(一)  請求原因3の(一)の(2)の<1>記載の事実は、当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一ないし九号証、同第一一、第一二号証、同第一五号証の一、二、乙第一号証の一ないし四、六、七、被写体が原告正浩であることについては争いがなく、その余については弁論の全趣旨により原告ら主張のとおりの写真であると認められる検甲第一ないし第三号証、証人中谷進の証言、原告朴明子本人尋問の結果に弁論の全趣旨を併せ考えると、次の事実が認められる。

(1) 原告正浩は、本件事故により、開放性頭蓋骨々折、頭皮剥離の傷害を受け、事故当日の昭和五二年六月二四日から同年七月二日まで阪大病院特殊救急部に、同日から同月一一日まで中央病院小児科にそれぞれ入院し、この間、右救急部で整復術及び形成術を受け、経過良好で退院の運びとなつたが、右小児科の紹介もあつて、同月一三日から昭和五五年一月二三日までの間に、五三日間阪大病院脳神経外科に通院し、以後現在に至るまでなお月一、二回程度の割合で通院を継続していること。

(2) ところで、原告正浩は、阪大病院脳神経外科に通院を始めたころには、格別の異常所見は認められていなかつたが、昭和五二年一〇月に実施の第一回の脳波検査において、右後側頭部に棘波の出現が認められたため、主治医の中谷進医師はこれを本件受傷に起因するものと判断していたところ、同年一二月には、夜間、突如起き上がつて正座したり、手を硬直させて震えるとか、あるいは眼の焦点も合わないといつた軽度のてんかん発作を起こすようになつたこと、そこで、右中谷医師は、抗けいれん剤を投与しながら、昭和五三年一月、同年七月にそれぞれ脳波検査を実施し、経過観察を続けた結果、昭和五四年五月脳波上棘波の出現を認めていたものの、一応投薬を中止したこと、しかし、同月実施の脳波検査によると、かえつて異常脳波の出現領域が広がり増悪傾向を示したので、同医師は再び抗けいれん剤の投与を再開し、現在に至つていること、この間、年二回実施の脳波検査によると、脳波に関しては依然同じ状況で推移しているものの、発作そのものは、昭和五五年一月軽度のものがみられた程度で、以後は、薬物の投与により抑制された状態にあること。

(3) 本件受傷の結果、原告正浩の後遺症としては、<1>脳波異常(外傷性てんかん)並びにこれにより第二次的に派生したチツク症(神経症)反応)、<2>右頭頂部より右前額部にわたる約三〇センチメートルの弧状の手術及び裂傷痕並びにこれに起因する右前額部知覚の鈍麻の各症状が残存し、右<1>については、前記<2>認定のとおり、昭和五五年一月以来ほぼ同様の状況が続いていること。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

なお、前記甲第九号証中には、原告正浩の後遺障害として知能発達不良が認められる旨の記載が存するけれども、同号証の作成者である前記中谷進の証言によると、右記載は単なる推測によるもので検査等によるものでないことが明らかであるうえ、阪大病院精神科において、昭和五六年三月一一日実施された知能検査によつても、「優」の判定が与えられていることが認められるので、前記記載そのものはにわかに信用し難い。

(二)  ところで、原告らは、原告正浩の交叉咬合症は本件事故と因果関係のある後遺症状である旨主張するので検討するに、右主張に副うかのような甲第一〇号証(乙第一号証の五)が存在するけれども、同号証のみでは、原告正浩に、昭和五五年一月二三日及び同月三〇日の時点において、右症状が存在していることは認められても、右症状が本件事故に起因するものであると断定することは到底できない。

また、証人金利栄の証言中には、原告正浩が転倒に際し、顎をひつかけたかも知れない、と述べる部分が存するけれども、その内容そのものが、極めて漠然としていて、単なる推測を述べているにすぎないうえ、本件全証拠を精査してみても、事故後の治療を受ける過程において、同原告が本件事故により顎を受傷していたことを示すような事情は一切見当らないので、右供述部分は到底信用できない。

そして、他に、原告正浩に認められる交叉咬合症が本件事故と因果関係を有するとの主張を認めるに足りる証拠は存しない。

2  治療関係費

(一)  入院雑費 一万二六〇〇円

原告正浩が一八日間入院したことは前記1の(一)認定のとおりであるところ、弁論の全趣旨及び経験則によると、同原告は右入院期間中一日七〇〇円の割合による合計一万二六〇〇円の入院雑費を要したものと認められる。

(二)  通院雑費 五万三〇〇〇円

原告正浩は、昭和五二年七月一三日から昭和五五年一月二三日までの間の阪大病院通院に要した雑費を請求するところ、右雑費そのものは必ずしも明瞭とはいい難いけれども、少くとも通院交通費及び通院付添費を含むと解されるので、以下判断する。

(1) 通院交通費

これを認めるに足りる証拠はない。

(2) 通院付添費

前記1の(一)認定の事実、原告正浩の年齢、弁論の全趣旨及び経験則によると、同原告は、通院(右通院期間中の実日数が五三日であることは、前記1の(一)認定のとおりである。)の際には近親者の付添を要したことが認められるので、一日一〇〇〇円の割合による合計五万三〇〇〇円の損害を被つたことが認められる。

(三)  将来の治療費、交通費

原告正浩は、昭和五五年二月以後五〇年間にわたる治療費及び交通費を請求しているところ、確かに前記1の(一)で認定した事実によると、原告正浩は、今後も長期間にわたつて定期的に脳波検査を受けるとともに、主治医の指示する抗けいれん剤を服用する必要があることが認められるけれども、同原告主張の時期以後の通院状況及び各費目の具体的数額を詳らかにしうる証拠はないうえ(甲第一五号証の一、二、原告朴明子本人尋問によるも明らかでない。)、検査、投薬を必要とする期間そのものを予測することは不可能というほかはないから(ちなみに、原告正浩の主治医である中谷進医師自ら、その証言において、右継続期間を予見できない旨述べている。)、将来の治療費、交通費を求める請求は認められないというほかはないが、これらの事情は慰藉料の算定にあたつては十分考慮されるのが相当である。

3  後遺障害による逸失利益

原告正浩には、前記1の(一)の(3)で認定した<1>及び<2>の後遺症状が残存しているので、以下この点について検討する。

(一)  前記<1>の症状について

前記1の(一)で認定した事実に、証人中谷進の証言、原告朴明子本人尋問の結果に弁論の全趣旨を併せ考えると、原告正浩は、脳波に異常が認められながら、現実の症状は、意識喪失ないしけいれんを伴うような発作を起こしたことはなく、抗けいれん剤の服用が効を奏し、昭和五五年一月以後は、軽度な発作さえも完全に抑制されていること、これまでの経過からすると、たとえ脳波そのものが改善されなくても、抗けいれん剤の服用を続行し、発作を押さえていさえすれば、日常生活にはほとんど影響を受けないこと、現に、同原告は、知能検査の結果においても、優れていると判定され、小学校にも通常どおり通つていて、体育の授業も水泳を除き他の児童と同様に受けていること、学習面でも特に劣つているような点は見当らないこと、もつとも、同原告には、目下後遺障害を有することに伴う精神緊張から派生するチツク症状がみられるけれども、これは幼少年期に見受けられるもので、心身の発達と専門医の適切な指導により克服できると考えられることなどが認められ、これらの諸事情に、同原告のような児童の場合には、今後の教育、訓練により、後遺障害があつてもそれに順応する可能性や職業選択の可能性が比較的大きいと考えられることなども併せ考慮すると、右症状が就労可能年齢に達した後においても、なお、同原告の労働能力を相当程度失わしめるものとも断じ難く、従つて、この点で将来減収をもたらす蓋然性が高いとまでいうことは困難であるといわなければならない。

(二)  前記<2>の症状について

右症状も、その内容、性質に照らすと、特別な職業(例えばモデル、俳優等)に既に就いているような場合は格別、原告正浩のような学童の場合には、現時点では、それ自体が直接労働能力を喪失せしめるものということはできず、また、右の点がどの程度同原告の将来の収入に影響を及ぼすかを確定することは不可能というほかはない。

(三)  従つて、原告正浩の後遺障害による逸失利益は認め難いものであるが、これらの後遺症状については、その間の事情を慰藉料額の算定に際して斟酌するのが相当である。

4  慰藉料

前記認定にかかる本件事故の態様、原告正浩が受けた傷害の部位・程度、治療の経過、後遺障害の内容・程度(とりわけ、同原告は、今後とも、場合によつては相当長期にわたつて脳波検査を受け、薬物を服用し続ける必要性があるうえ、惹起する可能性は低いとはいうものの、なお、てんかん発作を恐れながら将来とも過ごさなければならず、しかも、男子であつても、学年が進むにつれ、前額部の痕跡により、かなりの精神的苦痛を受けるであろうことは、容易に推認される。)、その他前記2の(三)及び3記載の事情や同原告の年齢など諸般の事情を併せ考慮すると、同原告の慰藉料額は四八〇万円とするのが相当であると認められる。

四  原告鐘煥、同明子の損害(慰藉料)

成立に争いのない乙第八号証、原告朴明子本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、原告鐘煥、同明子は、同正浩の両親として、同原告が本件事故に遭遇したことにより、かなりの心労を負わされたことは認められるが、同原告の前記傷害並びに後遺障害の内容、程度に鑑みれば、その精神的苦痛は、被害者である子が生命を害された場合にも比肩すべき又は右場合に比して著しく劣らない程度に至つているとは認め難いので、原告鐘煥、同明子は固有の権利として被告に対し慰藉料の支払を求めることはできないものといわねばならない。

五  過失相殺

1  被告は、原告正浩の損害額の算定にあたつて、同原告自身の過失を斟酌すべき旨主張する。

しかしながら、未成年者が被つた損害の賠償額を定めるにつき、被害者たる未成年者の過失を斟酌するためには、未成年者に事理を弁識するに足る能力が具つていることを要すると解するのが相当であるところ、前記認定のとおり、本件被害者である原告正浩は事故当時わずか四歳一月の幼児であつて、右能力を具えていたとは認め難いから、被告の右主張は、その余の判断に及ぶまでもなく、採用することができない。

2  次に、被告は、原告正浩の監督者に過失がある旨主張する。

確かに、事理弁識能力のない幼児に対しては、両親に相応の監護義務があることは当然である。そして、前記乙第八号証によると、当時原告鐘煥が用達に車で出かけようとするのを、原告正浩は妹と共に見送るため自宅を出たが、その際同原告らの母である原告明子は自宅内で用事をしていたことが認められ、右事実と前記一認定の本件事故の態様を併せると、原告明子が同正浩に付添つていれば本件事故は回避し得たことは否めない。

しかしながら、前記一で認定した事実に、前記乙第三号証(事故直後の実況見分の際の東西の交通量)に弁論の全趣旨を併せ考えると、本件事故現場は、T字型の交差点となつているとはいえ、東西道路は両側に人家の立ち並ぶ未舗装の生活道路で、事故当日も特に交通量が多いと予測されるような事情もなかつたうえ、原告正浩が歩いていたのは、もともと歩道上で、交通上特段の注意を必要とするような場所とはいえないことが認められるので、これらの点を考えると、原告正浩に付き添わず、同原告を妹とともに自宅の外に出したことをもつて、監督者である原告明子に過失があつたとまで断定することにはいささか疑問があるうえ、仮に、これを同原告の過失としてみても、その程度は極めて軽微であり、前記一認定の利栄の加害行為及び過失の程度と対比してみるときには、同原告に過失相殺の対象としなければならない程度の過失があつたとは認め難いものといわなければならない。

六  損害の填補

被告の主張4の(一)記載の事実は、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨とこれにより成立の認められる乙第一二号証によると、同(二)記載の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

従つて、原告正浩の前記三認定の損害額合計四八六万五六〇〇円から、右填補合計一四五万六八三七円を控除すると、残損害額は三四〇万八七六三円となる。

なお、被告は、原告正浩が本訴請求外の治療費として、一万五二七〇円の支払を受けた旨主張するが、この点については、過失相殺の認められない本件では、右結論に消長を来すものではないので、考慮しない。

七  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告正浩が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、三〇万円とするのが相当であると認められる。

八  以上の次第で、被告には、原告正浩に対し、三七〇万八七六三円及びこれに対する本件事故の日である昭和五二年六月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、同原告の請求は右の限度で正当であるからこれを認容するが、同原告のその余の請求並びに原告鐘煥、同明子の各請求はいずれも理由がないから、棄却することとし訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 弓削孟 佐々木茂美 長久保守男)

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